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《From NewYork》COVID-19の脅威 :知っておきたかった3つのこと

2020.05.14
青井俊輔
-Montefiore Medical Center-

はじめに

SARS-CoV-2というウィルスによって世界に300万人以上の感染者、20万人以上の死亡者が出ることを誰が予想できただろうか。

私がinterventional cardiology fellowとして勤務しているニューヨークは、全米(感染者100万人、死亡者6万人)の中でも感染のepicenterとして大きな影響を受けた。ニューヨーク州では30万人の感染者と1万8千人の死亡者が出ており、その大半はニューヨーク市(感染者16万人、死亡者1万2千人)において発生している(4月29日現在)。ニューヨークにおける大惨事の代表である9.11の犠牲者でさえ約3千人であるから、このCOVID-19による犠牲の規模は格段に大きいことが分かる。

COVID-19による死亡者一人一人にも家族や親友がいて、面会が禁止されているために臨終に立ち会うこともできず、大切な人を突如失った悲しみと遣り切れなさに明け暮れる人で溢れていると思うと、「stay home, save lives」の本質的なメッセージの大切さを改めて認識する。

ニューヨークで3月1日に最初のCOVID-19患者が確認されてからまだ2か月程度だが、今まで普通にあった「日常」が遥か昔のことのように感じる。最高の春の日和でも気軽に外出できず、マスク嫌いなアメリカ人が皆マスクを着用し、われわれ医療従事者は病院に一歩足を踏み入れれば自らも感染する可能性があるというリスクを危惧しつつ、個人防護具(personal protective equipment:PPE)の確保から1日が始まる。

モンテフィオールシステム全体のCOVID件数のグラフ

当院のカテ室は3月中旬から閉鎖されており(緊急ケースを除く)、今のところ本格的に再開する目処は立っていない。今年は著者にとってInterventional cardiology fellowshipという、手技をより多く行うことで成長する大切な年となるはずだったが、そんな悠長なことを言っていられる状況ではなくなった。感染者がこれだけ増えると、入院を要する全感染者の約10~20%で病院は埋め尽くされ、病院に来る感染患者の約5%が人工呼吸器など集中治療を要する重症化した症例を収容するためにICUは大幅に拡張され、さらにその病棟をカバーできるようレジデントやフェローもCOVIDチームに配属された。

幸い、当初予想された壊滅的なピーク件数には至らず、追加増設された医療施設や病院船は飽和することなく山を乗り越えることができたが、今なお入院者や死亡者の数は多く、今までどおりの日常に戻るまでまだ先は遠い。

情報もたった数か月で爆発的に増え、かつ更新されているが、今では当たり前な数か月前の非常識や、もっと早く知っていればという情報があまりにも多い。米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)でさえマスクの推奨に関して大きく方向転換をし、大統領がgame-changerと言及したヒドロキシクロロキンは現段階では有効性が乏しいどころか、有害性が目立つ結果となった。未知のウィルスから「救える人を死なせない」ためには、頻繁な情報のアップデートが欠かせない。

当院でも、アメリカよりも先に被害を受けた中国やイタリアとのテレカンファレンスで情報を供給してもらっているが、その際に得た情報が後々「こういうことか」と合致することも多々あった。ネット情報の中でも、とりわけ早い段階で情報を得られるのは「Twitter」である。フィルターがないため、自らの目で有益な情報か否かを見極めなければならないが、何よりも入ってくるスピードが早い。日本のニュースで取り上げられている情報が、ネットではとっくに広まっているということも多々ある。

また、毎日のように新しいデータが発表され、epidemicのみでなく情報過多によるinfodemic との戦いでもあるため、信頼性のあるデータを吟味しなければならない。MGHが配信するFLAREというfast literature updateは、メーリングリストに登録すると参考になるような有益な情報を届けてくれる。さらに、上司の世界的なコネクションのおかげで、毎週のように繰り広げているインターネットカンファレンスで各国からの最新の情報を入手できることも多い。図らずも、世界中に多くの知己を持つことで得られる情報の圧倒的なスケールを目の当たりにした。

グローバルな連帯がいかにこのウィルスと戦ううえで重要であるかを実感し、今回レポートという形で日本で奮闘されている先生がたとも有益な情報を共有できればと考えた次第である。

無症候感染者から知らず知らずのうちに広がる“クセもの”ウィルス → “大袈裟”なまでの対策の必要性

ここまで世界的な感染を引き起こした大きな原因は“無症候感染者”の存在である。ニューヨークでこれだけの大規模問題になった大きな要因の一つとしてあげられるのは、超過密とも言える人口密度である。実際にニューヨークに住んでみると、人との密接度を実感する。日常生活に車を要さない人も多く、エレベーターや地下鉄などの公共機関では必然的に人との距離は近くなる。洗濯のような日常作業でさえ、共有空間を避けられない人が多い。

さらに、アメリカは中国からの入国を2月2日に停止したが、イタリアを含め、ヨーロッパから訪れる感染者は入国が禁止される3月16日まで、東海岸側から毎日ニューヨークへ入ってきていた可能性が高いとされている。表玄関は閉めたが、裏口は開かれていた状態だったわけである。呼吸をするだけで近くの人へと感染拡大するこのウィルスは、症状が発症する前の無症候感染者を経由して世界185国に渡り、猛威を振るっていたのだ。

先日ニューヨーク州が行った抗体検査では、対象となった飲食料店などを訪れた3,000人のうち13.9%が陽性、特にニューヨーク市では21.2%が陽性であった。実に5人に1人の割合で感染していたわけである。州の人口で単純計算をすると、報告されている10倍近くの感染者がいる可能性が示唆された。

NEJMからも、ニューヨーク市2つの病院を受診した妊婦を全例スクリーニング検査した論文が発表されたが、それによると全体の15%が陽性であり、内88%は無症状であったという。「見えない」ところでウィルスがいかにして広まり、ここまでの大規模感染に至ったのかが垣間見えるデータである。

無症状感染者の存在に加え、当初はマスクの重要性が全く警報されなかった。アメリカではマスクをつける習慣がない。むしろ、マスク着用者に対して負の烙印を押す傾向さえあった。感染が拡大し始めた頃は、マスクをつけているだけで(アジア人であればなおさら)差別的な扱いをされるという問題が多発した。

著者もカテ室でケースをしていた頃にマスクをつけて診察していたら、患者から「マスクなんて意味ないよ」と言われた。それがアメリカでのマスクに対する一般的な認識であり、おそらくエビデンスという意味では事実も含まれているのであろう。しかし上記のデータを見れば、いかに「見えない敵」に無防備で挑んでいたかが分かる。

ステルスのようにレーダーをくぐり抜け世界中へ広まっていく、誰にとっても未知のウィルスだが、呼吸器を介して広まることは分かっている。命を天秤にかけて、できるかぎりの対策を講じようというのであれば、マスクやフェイスカバーの着用は早期の段階から推奨されるべきだった。

もちろん、マスクに対する過信や医療現場における物資不足は懸念される点だが、指数関数的に増加するケース、さらに病院を圧迫する感染者の1~2割が入院を余儀なくされる現状を打破するには、とにもかくにも感染を元から抑え込むしかない。

だからこそ「自宅待機」が何よりの感染予防手段なのだが、ニューヨークのように有病率と人口密度が異常に高い地域では、大袈裟とも言える対策が必要であった。クオモ州知事は、ニューヨーク州での発症件数がまだ二桁で、かつ最初のケースが確認されてから1週間以内という時点で非常事態を宣言し、数多くの大掛かりな対策を迅速に行うことで強いリーダーシップを発揮した。

マスクに関しても、外出時に密接を避けられない状況での着用を義務化したが、これは4月15日の発表段階ですでに感染のピークを迎えていた。早期からこの策を講じていたら経過が違っていたのではないだろうか、という疑問は拭いきれない。

左:裏口にテントが設置されたWeilerキャンパス
右:救急外来の前にテントが設置され,警察も来院者の制限に動員されたJacobi病院

また、この“クセもの”ウィルスの持つ2面性と、それによって起こった“問題を矮小化するメッセージ”の数々が、これだけの大流行につながったと考える。当初このウィルスは「インフルエンザのようなものだ」と言われていた。確かに、インフルエンザウィルスは毎年流行を繰り返し、死者さえ出ているが、上記のメッセージは何となく“身近で対応可能なイメージ”を与える。

ここまでの大流行で見えてきたのは、感染拡大の勢い、無症状感染期間の長さ、重症化する割合など、どれをとってもインフルエンザ以上の怖さを秘めている。中国で流行が確認された頃は、どの国も“対岸の火事”と捉えていたことだろう。多くのアメリカ人も乗客していたDiamond Princess号の問題が起こっているときでさえ、アメリカでは普段と変わりない日常を過ごしていた。大統領は何度も「アメリカでは制圧できている」、「このウィルスはでっち上げだ」、「4月には消えるだろう」などのメッセージを、3月13日に国家非常事態を宣言するまで繰り返していた。

3月1日にニューヨークで初の感染者が確認されてからも、3月7日にクオモ州知事がstate of emergencyを勧告しても、特に“若い人は感染しない”などの誤情報から、危機感のない言動が続いた。また、“黒人はこのウィルスに免疫がある”という根拠の無い噂が流れたが、実際はむしろ真逆であり、特に黒人の死亡率が高いことが広く報告されている。直属の上司や友人が何人も感染し、比較的軽症が多かった一方で、ICUで挿管されている重症患者には若くて既往歴のない症例も少なくなかった。

当初期待された抗ウィルス薬や、大統領が「game-changer」と持ち上げたヒドロキシクロロキンでさえ、今となっては有効性どころか有害性が認められるという危険もあり、元々適応として服用していた方への薬が不足する事態さえ起こった。紫外線、熱、消毒液への期待を口にするなど、百害あって一理ない発言である。爆発的な感染力で世界的規模で猛威を振るい、人の命を奪い、経済を破綻させ、多くの失業者を出し、排他的な恐怖感を増強させ、人と人の距離を物理的にも精神的にも広げてしまう、本当に“クセもの”なウィルスだ。

単なる“肺炎” だけではない認識 →“救える患者を死なせない”ために

一つ決定的に変わった認識がある。COVID-19は単なる呼吸器の病態に留まらないということだ。呼吸器が最初に影響されることは咳や呼吸苦の症状から明らかであり、COVID-19に特徴的なCT所見を見ても、呼吸器に与える影響に疑いの余地はない。その一方で、集中治療や救急治療の専門家は口を揃えてCOVID-19の異様な特徴を話す。

ニューヨークのCameron Kyle-Sidell医師は、早い段階からインターネットを通じてこの違和感について問いかけた。極度に低い酸素飽和度にもかかわらず会話ができるケースや、人工呼吸器が必要となる直前まで電話で会話をしているケースなど、明らかに過去の重症呼吸器疾患とは一線を画している。また、イタリアとのテレカンファレンスで特に興味深かったのは、COVID-19患者の肺はhigh complianceであり、典型的なARDSとは異なるという点であった。低酸素血症が顕著であり、多くの患者で高いFiO2を要し、P/F ratioは重度のARDSなのだが、はたして早期の挿管に踏み切るべきなのか。呼吸苦の軽さと低酸素の程度に著明な乖離があり、比較的落ち着いた症状であれば、低酸素であるという点のみから判断して反射的に挿管に踏み切るのではなく、proningを早めに行いながら人工呼吸器をつけずに経過を見るべきなのか。

ICUに入院した患者の多くは呼吸苦の増悪による疲労や意識状態の悪化で挿管を余儀なくされたため、どこまでが挿管せずに耐えられるケースであるのか分からない。Cameron Kyle-Sidell医師の言うように、これは全く新しい病態を引き起こすウィルスであるという認識が重要で、過去の知識や治療を簡単に応用できるものではないのかもしれない。Lopinavir-ritonavir、hydroxychloroquine、ステロイドなどに対し大きな期待が持たれ、当初の症例では多く使用されたが、イタリアの報告や重症患者が改善しない現場を見ると、効果は乏しい印象だった。イタリアの医師も明確な数字は出さなかったものの、重い口調で多くの挿管患者は死亡する運命であることを話していた。

早い段階で挿管患者は平均2週間程度の人工呼吸器を要したという話が出ていたものの、低酸素血症でV-V ECMOが必要となる状態にならなければ抜管され、回復に向かうと思っていた。一方で、理由こそ明言されなかったものの、イタリアではECMOとなるケースは極めて少ないという話であった。いつからか、クオモ州知事の会見でも「挿管された患者の80%は改善しない」というデータが出てきた。現場でも、抜管となった後に再挿管となる症例が多く、人工呼吸に乗っている状態で突如心肺停止となる症例を見てきた。“肺炎”による低酸素血症で亡くなることがないのであれば、いったい何が原因で死に至るのだろうか。イタリアとのカンファレンスでも聞いた、右心不全の多さが一つの原因を物語っている。

心肺停止から奇跡的に蘇生できた数例において、心エコーをあてると右心拡大に加えてclot in transitが確認され、tPA投与をするも救えなかった。Mount Sinai Hospitalでも肺動脈血栓塞栓症に対してtPAを使った経験をABC newsが報道した(Doctor gambles on clot-busting drug to save virus patients)。

STEMIコールで夜間呼び出された際のMosesキャンパス

極端な例だが、呼吸器症状が全くなく、かつCTで肺炎を認めないにもかかわらず血圧低下をきたすハイリスク肺動脈血栓塞栓症が受診のきっかけとなり、最初の2回の検査では陰性であったが、3回目でCOVID-19陽性となったケースもある。集中治療を要する患者の多くは腎機能も悪化しており、COVID患者を移動させるリスクも考慮すると、造影CT検査が施行されるケースは稀である。しかしほぼ全例でD-dimerが測定されており、大多数で異常高値を示している。

4月中旬頃から血栓症に対する対策がニューヨークの各病院でプロトコールが作られ、D-dimerの値に応じて、またはICU治療を要する全例に対して治療用量(深部静脈血栓症予防用量ではない)の抗凝固療法を行うようになった。このプロトコール以前に、入院した症例で突如下肢動脈血栓症から壊疽をきたしたケースもあり、このような場合は既往歴のない若い患者であろうと、回復しても下肢切断を余儀なくされる。また最近、30~40代の若い患者が突如脳梗塞をきたしたという記事も目にした(Young and middle-aged people、 barely sick with covid-19、 are dying of strokes)。

ある日のSTEMIコールでは、PCIの既往歴があるCOVID患者が入院から数日後に突如STが上昇し、ステント血栓症を起こした。肺動脈血栓症、脳梗塞、心筋梗塞といった血栓症が多臓器に影響を与えていることから、腎機能障害もウィルスの直接侵入以外に血栓症による要素も考えられる。そうであるならば、中心静脈カテーテル、動脈カテーテルが詰まるという話も、何ら不思議ではない。

ECMOに関しても、血栓傾向に偏った病態に対する体外循環となる侵襲的治療法が、本当に最後の砦となりうるのか。膨大な医療資源を要する治療であるほど慎重にならざるをえない。このようにCOVID-19は、単なる呼吸器疾患による低酸素血症だけではなく、免疫系の過剰反応(サイトカインストーム)から血栓症を引き起こしながら多臓器不全に陥る、全く概念の異なった病態と捉えなければならない。

CACと聞くと、循環器領域では“coronary artery calcium”や“cardiac arrest code”が思い浮かぶが、COVID騒動が始まってからは“COVID-associated coagulopathy”を真っ先に考えてしまう。抗炎症作用も期待して、最初はヘパリンやLMWHを投与し、退院後も数週間~数ヵ月間NOACを継続する方針となることが多い印象だが、当然、エビデンスに基づいた推奨ではない。多くの治療が効果に乏しいと感じる中、有効で安全な治療法のデータが出てくるまでは、「救える人を死なせない」ために血栓症に対する早期治療は今現在、最も重要だと感じる。

上記したインターネットカンファレンスで、今週(4月第5週)特に有用な情報が入ってきた。治療している疾患が“肺炎”だけではないという、さらなる情報である。この病態が全身の内膜炎症(endotheliitis)を引き起こしているというものだ。Lancet 2020 Varga et al. の著者がプレゼンターであったが、全身に張り巡らされているありとあらゆる内膜にウィルスの侵襲と炎症所見を認め、それによる内膜細胞のapoptosisが見られた。この炎症や細胞死が引金となって、血栓傾向となっている可能性が高いとのことである。

著者の個人的な経験では、clot in transitなどの大きな血栓の症例はあったものの、イタリアの報告ではほとんどは微小血栓であったという。これも内膜障害がきっかけで血栓傾向となり、多臓器不全に至るというシナリオであっても不思議ではない。当初から報告があった、重症化する症例には高血圧、肥満、糖尿病を有することが多い理由も、すでにそうした背景があるために内膜障害が起こっており、特に重症化のリスクが高くなっていると考えられる。

また、当初よりCOVID-19ではNSAIDSを避けるよう警告がされていたが、COX-2阻害により内膜障害が助長されていた可能性も考えられる。心筋炎でさえも、直接的な心筋への影響以上に心筋血管内の内膜障害に起因するものであった可能性は否定できない。数時間前に注目されていたRemdesivirのRCT結果がLancetに掲載されたが、結果としてはネガティブであった。半数以上が症状発症から投薬開始まで10日以上経過しており、このウィルス感染の辿るphaseを考える必要がある。

一方で、同じタイミングに全米で最も信頼されているFauci医師が「NIHによるRemdesivirのRCTでは、明らかな回復までの期間の短縮を認めた」とホワイトハウスで発表し、注目を浴びた。まだ論文として発表されていないため慎重に捉える必要はあるものの、症状発症からの期間に差があるのか興味深い点である。抗ウィルス薬などはインフルエンザ治療薬と同様、早期の投薬で効果が出ることには納得できるが、重症化患者が増えてくる7日以降では病態はすでに次のphaseへと移行しており、内膜炎症や血栓傾向に対する治療が重要となってくる。

内膜障害に対する治療としてスタチンやACE阻害薬などの投与があげられるものの、COVID-19では普通の内膜障害と異なるため、はたして重症化した患者にどれほど効果があるものなのか、その判断は難しい。炎症事態が血栓傾向に陥る原因となるため、血栓に対する治療よりもアップストリームの炎症期をターゲットにした治療薬が期待されるが、tocilizumab、salirumab、colchicineなどの臨床試験の多くはまだ進行中である。

日本での初期研修医の頃、敗血症に対してPMXなどの持続血液濾過透析を行った記憶があるが、COVID-19のサイトカインストームに対する治療として、FDAの緊急使用が許可されているようだ。どの段階の病態への治療(感染早期に対する抗ウィルス薬、炎症期に対する抗炎症治療薬、さらに進行した血栓期に対する抗血栓療法)であるかを念頭において、結果を解釈する必要がある。

見えない、分からない不安と恐怖 → 知識と情報の連帯で抑え込めるというEmpowerment

われわれ医療従事者も、コロナ治療の最前線に立つ不安と恐怖を感じている。実際、医療関係者の中には現場で感染した人も多く、命を落とした人さえいる。小さな子供がいる上司は「1か月以上家族と会っていない」と言っていた。家族とは会わないと決断したスタッフもいる。PPEが不足している状況では“明日はわが身”と思って当然である。

ICUでは必ずN95,サージカルマスクの上にフェイスシールドを着用(著者近影)

著者にも幼い子供が2人いるので、感染への恐怖や家族に移す可能性を拭えない不安が当然あった。幸い、現時点では自分にも家族にも感染の可能性を示唆する症状は出ていない。著者は、「ラインチーム」という中心静脈カテーテルや動脈ラインを入れるチームと、心肺停止時に対応する「コードチーム」に配属されているが、対応する患者はほぼ全例がCOVID症例のため、曝露は比較的多い。さらに、配属された頃はN95が大幅に不足していたため、上司に分けてもらった1枚を長期間使わなければならないという劣悪な状況だった。

また驚くことに、知りうる近隣の病院では、中国や日本で見られるような徹底したゾーニングがされていなかった。著者は業務の合間にフェロー用の空間へと戻ることができ、そこには各自のステーションがあるため、周りと距離を取って周辺を毎回消毒することでグリーンゾーンとして保つことができた。

一方で、COVID病棟の看護師や医師は扉一つの境しかない空間で1日を過ごしており、PPEを外した際にはたしてどこまで安全であるのか、分かる術がない。点滴ポンプは延長チューブで部屋の外へ出し、可能なかぎり入室回数を制限してドアを閉めるなどの工夫をしているものの、PPEを外せない環境で疲労感が倍増する勤務を余儀なくされている。多くのスタッフがN95の上にサージカルマスクを着用し、さらに顔を覆い尽くすフェイスシールドを付けたままの状態で、ほぼ丸1日過ごしている。

このように、何層もの砦を作っておくことで多くは感染予防できており、著者自身もこの不利な状況の中にあって感染していないので(4月の最終週にニューヨークで始まった抗体検査で陰性だった)、十分な注意を払えば感染は防げるものだと分かったことは大きな収穫だった。

問題は、どこかで気を抜くタイミングが来るということだ。N95を着けたことがある人ならば、その息苦しさや長時間着用する辛さをご存じだろう。心肺停止コードが鳴り、N95を着用して階段を駆け上がった後は、ハーフマラソンの準備をしていた著者でさえ息苦しさを感じる。そして、人が密集する心肺停止の現場では、汗でフェイスシールドが曇り、視野がぼやけるほどになる。同僚の中にも、疲れや息苦しさ、声の通らなさなどから、思わずPPEを外してしまうことさえあった。

また、PPEの限界を理解したうえで、ハイリスク現場での曝露を可能なかぎり避ける対応も重要だ。コードチームで目の当たりにしたのは、COVIDで挿管されている患者が心肺停止を起こした際の予後の悪さである。低酸素血症に対しFiO2 100%で最大限の酸素を投与している状態で心肺停止を起こす患者は救えないことが多い。大半は初期リズムがasystoleであり、VT/VFに対して除細動でROSCが得られたケースは1例もなかった。

中国のデータでも、心肺停止症例の9割は初期リズムがasystoleであり、その中でROSCが得られたのは9%、30日後の生存率は0.8%であった。突如コードで呼ばれた症例のうち10人に1人しか蘇生の可能性がなく、蘇生できても30日後に生存している可能性は100人に1人の確率である。

このことを念頭に患者の元に駆けつけるに連れ、徐々に曝露される医療スタッフの二次感染予防を最優先に考えるようになった。同様の理由から、4月下旬にニューヨーク州の救急隊に対して、心肺停止症例の初期リズムがasystoleだった際は蘇生を行わないよう、ニューヨーク保健省からの発表があり、いかに医療が切迫した状況にあるかを実感する。

STEMIに対しても、二次感染予防や資材温存のために血栓溶解のみで対応する方針とするべきか否か、大きく議論が別れた。アメリカやヨーロッパにおいてSTEMIの割合が4割程度減少したという報告があるが、当院でも明らかにSTEMIコールの頻度が減った感がある。幸い、primary PCIを継続することができたが、当院の経験だけでも血栓溶解のみの対応は可能なかぎり避けるべきではないかと思わせるケースが多かった。

一つはplaque rupture以外の心筋炎やたこつぼ型心筋症などのケースが少なくない点であり、tPAによる出血の合併症のみを与える可能性がある。また、ステント内血栓症などの大量血栓を認めたケースでは、はたして血栓溶解のみで太刀打ちできていたのかという疑問がある。さらに、全てのケースがCOVIDである前提でスタッフの二次感染予防の対策を行えば、感染リスクを軽減させながら標準治療であるべきprimary PCIを提供できる。

病院外においても人との距離を保ち、十分な対策を行えば、感染のリスクは低く保てると感じる。当初は不安を感じながら買い物をしていたが、病院内よりも感染者に遭遇する確率は低く、現時点では買い物中の感染リスクは限りなく低いと実感する。だからこそ、なおさら当初からマスクなどのフェイスカバーが浸透し広まっていれば、感染者数を大幅に抑えられたのではないのだろうかと思うに至る。

不安の軽減は、ニューヨーク全体の感染者の流れを知ることも大きく影響している。自らの病院での状況や近隣の情報は入ってきても、より大規模の流れが分からなければ、今でも以前と似たような病棟の状態に不安を抱いていたはずだ。しかし、クオモ州知事が週末も欠かさず、毎日ニューヨーク全体の情報を発信し続けている。この騒動が始まってから毎日欠かさずに会見を見てきたが、腹を割って話すクオモ州知事の一言一言から、彼がいかに全力でこの騒動に立ち向かっているかが見て取れる。

だが、「これだけの被害が出た州の知事が優秀であるわけがない」と批判するコメントも何度も見かけた。著者も、もし彼の会見を一度も見たことがなく外観しているだけだったら、批判的な思いを抱いていたかもしれない。しかし、彼が「1人でも死亡者を減らすために、最大限の努力をする」と発したとおり、行動も全くぶれていない。そして何より、彼は情報を包み隠さず事実として伝えることで、市民を“分からない不安と恐怖”から解放し、一人一人をempowerさせている。謎に包まれた未知のウィルスとの戦いに闇雲に挑んでいるわけでなく、自らの状況を把握できることは、何よりも強い安心感と原動力となることを実感する。

最後に

クオモ州知事の会見で登場するさまざまな表現の一つに、「われわれは炭鉱のカナリア(canary in the coal mine)」だという言葉があった。ニューヨークで起こったことを国内外へ警報することで、助かる命があるかもしれないとの思いから発せられた言葉であろう。数週間前、私も含めニューヨークの同僚の多くは「日本はニューヨークと同じような危機に陥るのでないか」と考えており、不安で一杯だった。

目の前で起こっている事態の深刻さを実体験しているわれわれは、どうか日本に「ニューヨークの危機は対岸の火事ではなく、早期に危機感を募らせることでダメージを軽減してほしい」と祈る想いで警鐘を鳴らしている。

日本も都市部では十分深刻な状況にあるのだろうが、死亡者数400人前後というニューヨークのような規模にまでは至らず、抑え込めていることは何よりである。今後も被害を軽減できるよう、強く願っている。アメリカでも、アジア人種の重症例や致死率は他の人種よりも少ない。これには多くの要素が影響しているはずだが、日本での被害が欧米ほどではないという原因を解明することは、再度起こりうる事態の対策において重要な情報の一つとなるだろう。

中国やイタリアから得た知識や情報からアメリカが学んだように、グローバルな連帯により、今後も有益な情報が広く共有されることを強く祈る。

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