
保科克行先生(東京大学血管外科)
飯田 修先生(関西ろうさい病院循環器内科)
大腿膝窩動脈治療の現在と問題点
中村:
近年、末消血管疾患に対する血管内治療(Endovascular Therapy:EVT)は著しい進歩を遂げており、その主な対象疾患は、「下肢(閉塞性)動脈疾患」(Lower Extremity Artery Disease:LEAD)です。LEADの増加とともに治療法も発達してきたと思いますが、いかがでしょうか。
飯田:
EVTの進歩においては、カテーテル治療のデバイスの発展が最も大きく寄与していると思います。これまで血管外科医の先生方が中心的な役割であったところに、循環器医が参画したことで、お互いの考え方や治療技術などがうまくかみ合って、現在の良い治療結果につながっているといえます。
保科:
我々外科医の治療方針はまず外科手術適応を考えることから始まります。大腿膝窩動脈領域に関してはこの10~15年のデバイスの進化はかなり大きく、まさにパラダイムシフトといえますね。これまでの外科の考え方は基本的にバイパス手術が最適な治療法で、血管内治療はあくまでもサポートという位置付けでした。しかし患者さんは低侵襲なものを求めています。そこで血管外科はEVTもどんどん取り入れていこうという姿勢をとって今に至ります。
中村:
EVTとバイパス、お互いに共存していく方向性を持ったことで治療法がより進展したといえるでしょうか。
飯田:
EVTが冠動脈領域と異なるのは外科医の先生方もEVTを行うところです。外科側の客観的な意見は確実にEVTの裾野を広げています。EVTで問題があったとき、適切な症例を適切なタイミングで、外科治療を含めた至適療法にシフトチェンジすることが可能であるからです。同時に、EVTを行う循環器医はその選択を誤らない能力が求められます。
中村:
ナイチノールステントの登場はEVTにどう影響しましたか。
飯田:
そもそも浅大腿動脈(Superficial Femoral Artery:SFA)用ではなかったナイチノールステントがSFA治療でそれなりの成績が得られたことと、シロスタゾールのアドオンで再狭窄が減らせたことが大きなポイントでした。シロスタゾールの服薬が冠動脈に対するBMS (bare metal stent)留置後の再狭窄を抑えるという複数の報告が当時既にありました。再狭窄率が高いSFA領域においても同様の研究が進み、本領域でもシロスタゾールは再狭窄抑制効果があると考えられるようになりました。ただ、LEADは併存疾患と心不全が多いので、そこは使用上のハードルになるでしょうね。
中村:
American college of cardiology・American Heart Association(ACC/AHA)のガイドラインでも、シロスタゾールは跛行の治療薬としては認められているが、再狭窄予防の薬としては認められなかったという解釈でしょうか。
飯田:
そういう認識だと思います。再発を抑えるというところに関しては、ほぼ日本独自のデータですが、2022年日本循環器ガイドラインのBMS留置後の後療法として言及されております。
中村:
SFA用のナイチノールステントとして最初に開発されたのは柔らかいステントでした。これは再狭窄を予防する意味での効果はどうでしたか。
保科:
大腿膝窩動脈領域の重度石灰化病変、特に鉛管状になっている場合は柔らかいステントでは力不足だろうというのが外科医としての実感でした。ですから大腿膝窩動脈領域に関しては高い剛性を持ったデバイスが求められていたのです。
飯田:
SFAの病変の大元はcalcified plaqueでしょう。FESTO study( J Am Coll Cardiol. 2005;45:312-5.)でステントフラクチャーが多ければ再狭窄が増えるという報告があったので、ドラッグデバイスが出るまでの5年ぐらいは、ステントの柔らかさを追求した時代になってしまいました。
中村:
ステントを硬くするとフラクチャーが起こりやすくなり、フラクチャーを減らすために柔らかさを追求したら成績は凡庸になってしまった。なかなか難しい話です。
大腿膝窩動脈の特殊性とは
中村:
Biomimic 3Dという個性的なステントが開発されましたね。3Dの螺旋形状というコンセプトは本当にユニークなものです。このステントを評価するにあたって、まずはSFAの解剖学的特徴を押さえておく必要があります。
保科:
いわゆるハンター管の近辺のP1領域には、ヒンジポイントと呼ばれる≪膝を曲げると血管が膝側、膝蓋骨向きに瘤状に出る≫部分が認められることが多いのです。我々は膝を曲げて造影CTを撮るという研究を行っていますが、ハンター管より上では想像以上の負荷がかかっていて、硬いステントではキンクが起こります。
中村:
P1はステントの性能に影響を受けやすいということですか。確かにハンター管の前後は病変もフラクチャーも多いように思えますね。
飯田:
膝窩動脈という血管は非常に特殊だなと思わざるを得ません。屈曲や血管径の問題、また動脈硬化の状況も関連しているのでしょう。ステントの遠位端がpoplitealをまたいだとして、病変や手技そのものがリスクなのか。またぐと格段に成績が落ちるので、poplitealは従来のメタルステントはあまり向かない領域なのかもしれません。
中村:
ステントをハンター管の手前に置いても、屈曲部位や遠位部は影響を受けるのでしょうか。
保科:
ハンター管の上までの血管走行は、膝の屈曲があっても鼠径部からは一直線です。シェアストレスを含めて大きなヘモダイナミックな変化はありません。石灰化のつき方にもよりますが、変化が起こりだすのはP1の少し上あたりからです。そう考えると、ハンター管の上までのステントは剛性の強いものを用いて、ハンター管の下でどのようなインターベンション治療を行うかが課題になるのではないでしょうか。前述の我々の研究では、膝は90度と最大屈曲の2パターンで造影CTを撮っています。膝は膝蓋骨と腱、筋肉に囲まれた血管が遊ぶスペースがあって、90度の場合はヒンジポイントが出ない場合もあります。また、血管に石灰化があるかどうかによって、torsionがかかってくるように推察されますね。
中村:
なるほど。EVTの場合もあぐらをかくような大きな膝の屈曲は避けるべきなのですね。
大腿膝窩動脈に有効なステントとは
中村:
膝の血管の解剖学的特徴からもBiomimics 3Dには期待がかかります。
飯田:
Biomimics 3Dは出たばかりなので断言はできませんが、プラットフォームとしてのコンセプトは悪くありません。成績もエビデンスがあるので、期待はできます。
保科:
当初はあまりに剛性が低いので本当に拡がるのかと思っていましたが、血行動態を見ると再狭窄を起こしにくいように感じられます。「PoplitealにPOBAを施行した後でP1ギリギリまで何とかステントを置きたい」と考えた時のブレークスルーになるかもしれません。
中村:
確かにラディアルフォースに対する留意は必要ですが、新しい側面を持ったステントなので期待は大きいですね。ドラッグテクノロジーについてはどうでしょうか。EVTにおけるドラッグテクノロジーは冠動脈ステントとは若干異なりますが、その有効性と問題点を教えてください。
飯田:
EVTで薬剤溶出性ステント(DES: Drug Eluting Stent)を使うと再狭窄はかなり低減されているという実感がありますが、2つの問題があります。1つはメタ解析でパクリタキセルデバイスを使用した人の死亡リスクが上昇することです。もう1つは、パクリタキセルデバイスを使うことによる患肢への影響です。たとえばステント留置後にステント留置部に瘤状の変化をきたしたり、薬物溶出性バルーン (DCB: drug coated balloon )使用後にパクリタキセルの粉が末梢に飛散し血管の炎症が起こるという報告が相変わらずあることです。そもそもLEADは冠動脈領域と比較してRCTの数や研究資金に大きな差がありますし、パクリタキセルは冠動脈であまり良い結果ではありませんから、未解明な部分が隠れているのかもしれません。
中村:
確かにパクリタキセル問題は近年の大きな話題です。保科先生はどう考えておられますか。
保科:
パクリタキセルの免疫抑制効果は再狭窄を減らす一方、炎症や抗菌などの免疫力を落としている可能性が考えられます。しかも糖尿病や透析、粥状動脈硬化症の患者さんが増えてきているので、狭窄抑制のつもりで安易にパクリタキセルを使うと免疫抑制効果が悪い方向に向かうこともあるかもしれません。それが生存率を下げている原因なのかもしれませんね。
飯田:
パクリタキセル溶出性ステントは再狭窄の低減という主目的は達成していますが、血管の正常な内皮化まで抑えられている印象を受けます。結果として血管内視鏡などでの観察ではステントストラットの露出や同部位への血栓付着が確認されます。晩期で薬が全放出されても血栓が付着するというのはやはり懸念事項ですね。休薬や脱水などでいきなり詰まってしまうケースが内視鏡所見からも推察されますし、臨床の経験からもそういう事象をまれに経験することがあります。
EVT治療における薬剤治療と出血リスク
中村:
冠動脈は抗血小板薬2剤併用療法(Dual Anti-Platelet Therapy:DAPT)の期間がどんどん短くなっていますが、SFAのEVTでは冠動脈と異なりステントは太く長いので、DAPT期間の短縮が大丈夫と言い切れないところが、SFAのステント治療の難しいところかもしれません。
飯田:
加えて高齢、フレイル、低体重、腎不全、貧血、しかもLEADが重複するとなると、とてつもない高出血リスク(High Bleeding Risk:HBR)です。血管病自体の再閉塞リスクが高いなら、DAPTは添付文書どおりの3ヵ月とはいかず1年以降も続けてしまう現状がありますかね。
中村:
全く同感です。保科先生、ナイチノールステントが入っているのとDESが入っているのをバイパスされたという手術経験はありますか。あったなら、様相はどこか違いがあるのでしょうか。
保科:
DESのほうが、血管の性状、周りの炎症が強い印象があります。目視でかなり違いを感じます。特に外膜レベルでは炎症が強い印象がありますね。
飯田:
自己拡張型ステントは ステント自体の自己拡張能力により血管が常にストレスを受け続けている、その結果として炎症を惹起し周囲組織との癒着が強くなるのではと血管外科の先生に指導を受けたことがありました。更にそのステントに薬が乗っていることで影響が上乗せされているのかもしれないですね。
中村:
実臨床では1年近くDAPTを続けるケースも多いと思われますが、そのときに問題になるのは出血性合併症です。これが高いことがLEADの1つの特徴ですが、わかっていながらなかなかDAPTを切れずにいるケースがしばしばあります。冠動脈領域ではHBRの概念が定着していますが、EVTではどうでしょう。
飯田:
LEADだけというと何とも言えませんが、HBRの患者さんは足の血管以外の血管も消化管も脆弱ですので、そもそも様々な問題を抱えています。DAPTは短くしたいとは思いますが、LEADでは結局長いステントが入ってしまうという話なので、何とも難しいところですよね。
中村:
統計を取ってみるとかなりの頻度で出血しているので、LEADはやはりHBRのリスク因子のようです。保科先生は出血に対するケアをどうされていますか。
保科:
患者さんを外来で診ている限りは、たとえば出血が止まらないとか、痣ができやすいなどの様々なリスクを勘案して判断しています。外科目線では投薬は必ずしもガイドライン通りではないかもしれません。
中村:
先に話題として挙げたシロスタゾールは出血リスクをそんなに上げないというメリットがあり、実は使いやすい薬なのではありませんか。
飯田:
同意見です。ただ心不全が気になりますので、当院では取りあえず50mgから始めて、問題がなければ増薬という治療戦略をとっています。
保科:
シロスタゾールは出血リスクがないとは言いませんが、動悸や頭痛がなければ安心して使えるというところで、目の付けどころが非常に良いですね。
中村:
抗血小板薬としては若干弱くても内膜の増殖抑制作用があるシロスタゾールを併用するのは、抗血小板薬の候補として良いと考えられますがいかがでしょう。
飯田:
アスピリンはDAPTから外される方向ですし、LEADに対する薬剤でチカグレロルとプラスグレルは認められていないので、EVTで使える薬剤はクロピドグレルに落ち着くと思います。ただDOACも出てきますし、シロスタゾールは下肢にポジティブな方向の結果がけっこう出ていることから、これらも候補としてカウントされていくでしょう。
中村:
確かにリバーロキサバンの低用量が新しく承認されて、DOACの使い方が今後の大きな関心事になりますね。
BRAVE試験に期待される本邦発のエビデンス
中村:
今回我々はBRAVE試験という新しい臨床研究を立ち上げました。再狭窄という観点からするとDESが最も強力なデバイスであることは間違いありませんが、若干の懸念点がまだ残されているというのも事実です。BRAVE試験は、新しい3Dステントとシロスタゾールの組み合わせが非劣性を検証できるかどうかをみる臨床研究です。飯田先生、BRAVE試験にどのような期待を向けられていますか。
飯田:
個人的にDESに対して再狭窄抑制効果について強い信頼を持っています。ただし、再発形態に再閉塞が多いのは事実です。現在再閉塞を減らすための工夫をどのようにすればよいかを考えておりますが、DES使用していく上では全く0にすることはできないかと思います。より患者さんに対する安全性、また経時的な状況証拠的なことを考えるとBioMimics 3Dとシロスタゾールの相性は絶対に良いと思われます。ELUVIAに対して非劣性が証明できたら、日本から新しいエビデンスが出るわけですね。BioMimics 3D+シロスタゾールでの再発が仮にあったとしても、再治療しやすいような形態、血栓性の再閉塞が少ないような再発であるなら、それはそれでメリットだと言えます。
中村:
ELUVIAはpatencyが非常に良いのですが、戻ってくる症例は再閉塞が多いので、そこがどう違うかというところも大きな関心事になるでしょうね。保科先生はどうお感じになりましたか。
保科:
石灰化を含めた患者の血管の性状やステントを置いた部位の解剖学的なファクターを解析しないといけないのではないでしょうか。実際に我々外科医が知りたいのは、どういった患者さんのどこに置いていいのかという部分です。ステント治療だと厳しいという判断になったら手術になるわけですから。サブ解析でも良いので、BRAVE試験ではそのあたりまで掘り下げることができれば嬉しいですね。
中村:
ご指摘のとおりですが、すべてをマッチングさせると大規模なスタディになってしまうので現状では限界があります。RCTで透析などの割り付け因子がいくつかありますのである程度は調整が可能です。少なくともシロスタゾールのエビデンスは日本から出ているものが圧倒的ですからRCTの結果がシロスタゾール処方の大きな動機づけになり得ますし、世界にとっても新しいエビデンスになると考えています。何よりも治療の選択肢が増えるのは患者さんにとっても我々にとっても最も大きなメリットです。
飯田:
そうですね。抗血栓薬はステントを中心に考えた場合には短くて良いというのが通常の流れだと思うので、そういう意味ではHBRであるLEAD患者さんに対しては、ポジティブな選択肢の1つになると思います。
保科:
選択肢が増えるのは間違いなく良いことです。
中村:
9月から国内320例のRCTが始まりますので、できるだけ多くの先生に協力をいただき、できるだけ早く登録を終えたいですね。そして先生方に多くのエビデンスをいち早くお届けしたいなと考えています。先生方、本日は貴重なお時間をいただき誠にありがとうございました。