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わが国の医療機器開発について考える

東北大学:鈴木由香
2020.07.20

世界的にCOVID-19流行の収束が見えない状況が続いている。日本の患者数は少ないとしつつも、7月に入ってから新規感染者数は増え続けており、特に東京都では医療崩壊に至る心配はないとしつつも、感染拡大を抑えきれていない。

5月の緊急事態宣に伴う自粛は感染拡大にはそれなりの効果はあったものの、経済的な打撃も大きく、今後、同様な措置を繰り返していくのが、人と社会において最もふさわしい姿なのか、いわゆるレギュラトリーサイエンスの観点から、今後幅広く深い議論が必要になると思われる。

いずれにしても、COVID-19流行に対応するには、多くの専門家が述べているように、ウィルス変異による流行の終息もしくはワクチンや治療法の開発などが必要である。しかし、それまでの間はCOVID-19の大きな流行を食い止めつつ最終的には集団免疫獲得に向けいかに付き合うか、という長期的戦略が必要になっている。

そのためには、経済活動を可能な限り維持しつつ、感染拡大を防ぐという2つの相反する命題を微妙なバランスをとりつつコントロールしていくことが求められる。

COVID-19下であっても、従来通り、新しい治療が必要な疾患は多くあり、研究・開発の歩みを止めることは是ではない。このような時期ではあるが、あらためてわが国の医療機器開発のついて考えてみようと思い立ち、筆を執った。

近年、革新的な医療製品は、医療現場のニーズとともにアカデミアシーズとのマッチングを経て開発される事例が増えている。日本では医療・保険財政が厳しく、企業が製品を一から開発するより、大学シーズなどで実用化可能性の高いものを探索することで、企業の開発リスクを下げ開発費用を縮小する傾向がみられる。それに伴い、多くの大学が、ベンチャー企業の育成、支援に力を入れ、社会的にも大きな関心が寄せられている。

このような動向のなか、1月にAMED事業関連で、ベンチャービジネスの聖地とされるカリフォルニアのシリコンバレーを視察したので紹介したい。

シリコンバレーはスタンフォード大学出の技術者がヒューレット・パッカードなどのエレクトロニクス、コンピュータ企業を設立し、大学の敷地をスタンフォード・インダストリアル・パークとして新技術の会社を誘致したのが始まりとされている。その後、徐々に起業家が集まり、革新性のある企業が成長、成功し、次のイノベーションのための資金・経験に還元される、いわゆる「エコシステム」が形成されている。

まず訪れたSAP(欧州最大級のソフトウェア会社)では、新規事業の立ち上げの環境としてシリコンバレーが適している理由として、Culture FitではなくCulture Addのための人種、経験を問わない多様な人の集まりが新しい事業を生む素地であることをあげていた。

Triple Ring Technologies及びPhenix DeVenturesは、多くの医療機器開発の専門家が、医療機器ベンチャーに対して、コンサルティング、設計、プロトタイプの製造、問題解決までを支援する組織であり、失敗から学び生かすことが価値であるという理念のもと、PDCAサイクルをいかに早く回すかが医療機器ベンチャーによる開発の鍵であると強調していたのが印象的であった。

多くの医療機器ベンチャーを起業し成功に導いたTheraNovaのCEOは、常に新たな課題(ニーズ)について医療現場を通して考えること、ビジネスだけでなく社会貢献を念頭におくこと、医療機器の実用化に際し、必要な情報は自ら学ぶことなどが重要と説いていた。

シリコンバレーは確かに人・物・金がそろっているが、それはこの50年かけて発展したものである。そして、その根底にあるのは、新しいことに挑戦し続け、失敗を糧として成功をした人達が核となり、現在のシステムが成り立っていることを今回の視察を通して強く感じた。

シリコンバレーと同じシステムを日本で作ることは簡単ではなく、同じシステムが必要であるとは限らない。今後、ベンチャーが革新的医療機器開発に重要な役割を担うなか、日本で必要なことは、ベンチャー及び支援するすべての人々の挑戦への熱意と、失敗と成功体験を共有し、信頼関係により構築されたコミュニティがまずは必要なのではないかと強く感じた次第である。

COVID-19流行により、企業などでもリモートワークが一般化しつつある。業務によってはリモートワークが適した業務形態もあると考えるが、人と人とのコミュニケーションがリモートでどこまで可能かについては、個人的には限界があるように感じている。COVID-19流行直前にシリコンバレーを訪問し多くのパイオニアと議論をすることで、熱い思いを肌で感じることができたことは、今思えば幸運であった。

現地の空気を吸い、現場を見、直接議論をすることで、感銘を受け、心から共感し、新しい一歩を踏み出す力になる。国内はもとより海外渡航が自由で安全にできるようになる日を心待ちにしている。

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